不妊治療。タイミング法、1回の人工受精、5回の体外授精私の体験談

不妊治療から出産に至るまで、今回は辛かった時の乗り越え方や、旦那さんとの関係、私の体調など体験談をまとめました。

 不妊治療開始したのは結婚三年後

私が不妊クリニックに通院し始めたのは、結婚してから三年後でした。

特に不妊を疑っていた訳ではなくそろそろ子供が欲しいと思い始めた時に、丁度生理不順で病院を受診した事が切っ掛けでした。

たまたま受診した病院が職場からすぐ近くにあった不妊治療に特化した病院だった事もあり、タイミング法を試す事になりました。

 不妊治療の流れ

①初めての治療はタイミング法

治療を始めた当初は、まだ不妊を疑っていた訳ではなかったので詳しい検査は受けませんでした。

妊娠に関しても、「そろそろできればいいな」と言う軽めの気持ちだったこともあり、始めは月経周期に合わせて月に1~2か通院し、排卵のタイミングを指導してもらう「タイミング法」を半年ほど続けました。

しかし一向に妊娠する気配もなく、半年後主人と相談して一度検査を受ける事にしました。

 ②通水検査で卵管閉塞が発覚!卵巣年齢もかなり高齢だった

卵管の詰まりがないかを確認する通水テストと、卵巣年齢が分かるAMH検査、主人の精子の状態を調べる事の出来るフーナーテストなど一通りを不妊検査を受けました。

検査の結果、私の卵巣年齢は40代、当時31歳だったのでこの結果はかなりショックでした。

また右の卵管が閉鎖しており、医師からは人工授精を勧められました。

フーナーテストの結果、精子の量、運動率などは問題がなかったので、主人と相談して治療をステップアップする事にしました。

 ③人工授精

人工授精はトライする前から、試しても一回にしようと決めていました。

理由は年齢的に兄弟が欲しいと思っていたのでそんなに時間を掛けたくなかった事と、周りで不妊治療をしていた知り合いが何度も人工授精をして駄目だったと言う話をしていた事から、トライしてダメなら体外受精にステップアップを検討していました。

人工授精の結果は陰性でした。気持ち的にはまだ治療を始めて一年経っていなかった事、治療内容的にもそんなに辛くなかったのでショックもそこまで大きくありませんでした。

 ④体外受精に向けて。辛かった採卵。

人工授精の結果を受けて、予定通り体外受精にステップアップする事を先生に相談しました。

私のAMH検査の値、卵管が片方閉塞している事を考えると体外受精に進む事は決して早すぎないだろうとのアドバイスをもらい、次の周期から採卵に向けての治療を開始しました。

この頃から通院の回数も増え、治療費も高くなってきました。

成熟した卵胞を採取するために週に一度ホルモン注射を受け、約二週間自分でお腹に皮下注射を行いました。

仕事に行く前と夜帰ってからの自己注射が大変で、この頃が身体的にも精神的にも辛かったのを覚えています。

採卵では23個の状態の良い卵子を採取する事が出来ました。受精卵も比較的状態が良く、結果5つ胚盤胞まで成長する事が出来ました。

その中から特に状態の良い胚盤胞を3つ凍結保存に回し、一つを戻す事にしました。

 ⑤2度の体外受精

最初の体外受精は、凍結していない胚盤胞を自然周期でもどしました。

元々ホルモンバランスが乱れやすかった事もあり、ホルモン注射は続けていましたが、初めての体外受精の結果は陰性。

次に凍結保存していた胚盤胞を、ホルモン補充周期で戻しました。

2度目の体外受精の結果は陽性でしたが、喜んだのも束の間。

妊娠10週目にして進行流産してしまいました。

その後しばらく体調も崩し、精神的にもダメージが大きく治療をお休みしました。

 ⑥流産空の体調不良と、精神的ダメージ

暫くの間は流産の影響で腹膜炎になり仕事も一ヶ月以上お休みする事になりました。

高熱が下がらず、下腹部が強烈な痛みで起き上がる事も出来ませんでした。

またようやく授かった赤ちゃんを流産してしまった事は、自分でも思っている以上にトラウマになってしまいました。

妊娠してから普通の産院に転院する直前だった事もあり、私は不妊専門クリニックにしか通院していませんでした。

その為、流産した日に診察してもらえるか連絡した病院は救急以外すべて断られました。

気持ちの落ち着いた今なら仕方のない事だと納得できますが、当時この事はかなりショックで、体調もかなり悪かったこともあり次に治療に向かおうと言う気持ちをそぐ大きな要因になりました。

 ⑦約1年間の休養

2度目の体外受精で流産をしてから、「もしまた妊娠しても流産してしまったらどうしよう」と言う不安から、少し動くと動悸がするようになってしまい、暫く不妊治療をお休みする事にしました。

正直もう治療を続ける事を考えるのも辛かったのですが、「子どもは居なくても二人で仲良くいられればいいよ」と主人から声を掛けられ、自分の事を心配してくれている気持に答えたいと少しずつもう一度頑張ろうと気持ちが前向きになりました。

治療をお休みしていた1年間は、主人と二人で旅行へ出かけたり休日は大掃除をしたりと、夫婦の時間を大切に一緒に過ごす事が増えました。

あまり子供の事や治療の事を意識せずに過ごす事が出来たので、とてもリフレッシュできたように思います。

 ⑧不妊治療を再開

約1年の休息期間を終え、不妊治療を再開しました。

私が最初にした事は、通院していた病院のカウンセリングを受ける事でした。

不妊治療を再開する上で、また流産してしまったらどうしようと言う不安が大きかったので、今後の治療についてや、凍結保存している胚盤胞のグレードについて等詳しく説明してもらいました。

不妊治療専門のクリニックは常に混んでおり、診察時間も短く先生としっかり話す時間もなかったので、このカウンセリングはとても良かったと思いました。

またクリニックのスタッフの方が「待っていたよ、また一緒にがんばろう」と励ましてくれた事も大きな支えでした。

不妊治療は信頼出来る病院探しが大切だと感じた瞬間でした。

気持ちを切り替え、残りの凍結保存していた胚盤胞を2度移植しましたが、結果は陰性。

再び採卵する事になりました。

2度目の採卵の結果、3つの受精卵が胚盤胞になりました。このタイミングで閉塞していた卵管に水が溜まり卵管水腫になっている事が判明しました。

今後の治療の事を考え、腹腔鏡手術にて両卵管を切除しました。

 ⑨5回目の体外受精で妊娠

体調を整え、凍結保存していた胚盤胞の一番グレードの高いものを戻してもらいました。

結果が出るまではなるべく意識しない様にして過ごし、結果は夫婦で聞きに行きました。

先生から「頑張って来てよかったね、陽性だよ」と言われた時は夫婦で涙しました。

流産の事もあったので、10週目に入る直前に紹介状をもらい提携している産婦人科へ転院しました。

動悸は続いていましたが、妊娠中は特に大きな問題もなく38週目に助産師さんも驚くほどのスピード出産で赤ちゃんと会う事が出来ました。

 ⑩不妊治療を通して感じた事

不妊治療を続けていた間は仕事と病院の日々で、一時は全く気持ちに余裕がなかったように思います。

実際流産を経験した後は辛く、体調も崩してしまい仕事を続けるか治療に専念するかなど葛藤の日々でもありました。

その反面不妊治療を通して主人とはいろんな話をするようになり、お互いを思いやる気持ちがより大きくなったように思います。

辛い経験もありましたが、その分夫婦の絆が深まったと感じています。

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